名古屋高等裁判所金沢支部 昭和30年(う)13号 判決
所論の要旨は、被告人は貸席営業を経営しているものであつて、公衆浴場営業を営んだものではないというにある。しかし原判決挙示の証拠によれば、被告人は昭和二十八年五月中富山県知事に対し公衆浴場営業許可申請書を提出したところ、不許可となり同年八月中その通知を受けたものであるが、被告人は浴場を同年八月十五日から同月十七日まで無料で一般に解放し同月十八日より同年十月二十日までは男女の脱衣場に薬師堂建設寄附金箱と書いた木箱を置き入浴者が任意に金銭を入れるべく設備し実質的には入浴者の任意による入浴料を受取つていたものなるところ、同年十月二十日頃富山県公衆衛生課及び桜井保健所から警告を受け被告人は同日「一般大衆が公衆浴場として浴漕を利用することを禁ずる。」「公衆浴場として利用されるおそれがある如何なる出入口も閉鎖する。」右条項を昭和二十八年十月二十一日から履行することを誓約する。旨の誓約書を富山県衛生部公衆衛生課長宛に提出したのである。ここにおいて、被告人は直ちに浴場の東南方燃料置場に接続してその南方に約十三坪五分の木造平家建バラックを急造して部屋を設け、表玄関を閉鎖し、一般入浴者は裏口よりその部屋に入りここより設けられた廊下により浴場に至るべく設備し同月二十三日より昭和二十九年四月二十五日まで貸席料名義により大人一人十三円又は九枚を百円で出している貸席券一枚、中人は一人十円、小人は一人八円の割で入浴料を徴し公衆を入浴させて公衆浴場を経営していたことが認められる。所論のように貸席営業届を保健所に提出しその承認を受けていたからと言つて、被告人の本件営業が実質的に貸席営業をしていたものとは到底認めることができない。従つて原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。
同第二点(法令適用の誤)について、
所論の要旨は、被告人の本件行為が、客観的には公衆浴場法違反に該当するとしても、被告人は県衛生部保健係長石山顕義、同営業係官羽柴嘉久の判断指示を信じ、浴場を含めた貸席営業としての設備を増築改造し、貸席営業を営むことは何等違法でないと確信して之を行つたものであつて、自己の行為は貸席業の行為であつて公衆浴場でないと思惟しいたものであるから、被告人は事実の錯誤に陥つていたものであつて違反事実に対する認識、犯意を欠如していたものである。仮りに事実に対する錯誤でなく刑罰法令に関する錯誤であるとするも本件の如き法定犯にありては前記の事情から被告人に全然違反行為敢行の認識がないものであるから処罰すべからざるものであるというにある。しかし被告人は前段認定の如く、公衆浴場営業の許可を得られない経緯により、原判示のとおり貸席料名義で入浴料を徴し公衆を入浴させて公衆浴場を営んでいたことが明らかであつて、被告人は本件犯罪事実の認識を有していたものと十分認められるので、所論のように、被告人には事実の錯誤は認められない。尤も原審証人石山顕義(富山県衛生部公衆衛生係長)同羽柴嘉久(富山県衛生部公衆衛生課保健係)の供述並に被告人の検察官に対する第一回供述調書によれば右石山顕義が昭和二十八年九月十日頃被告人方において、被告人に対し公衆浴場と内湯の区別につき説明し公衆浴場の類似行為を止めるべく勧告しその際貸席の内風呂ならば禁止する法令がない旨を話した事実は認められるけれども、それは、真実に貸席業を営み、相当の貸席料を徴する場合の内風呂である。本件は真実貸席業を営まず従つて真実貸席料を徴せず、たゞ湯銭同額を貸席料名義で徴する公衆浴場営業で、正しい貸席の内風呂でないから原審が本件を貸席料名義で入浴料を徴した公衆浴場と認めたのは当然のことで、被告人に於ても公衆浴場と認定されるかも知れないことは十分に予見し得られたところであつて、少くとも未必の故意が認められる本件であるから、この点からいつても事実上の錯誤は到底認め難たい、またたとえ被告人において、公衆浴場として許可を得られないが貸席の内風呂として経営することは違反行為でなく法律上許されるものと信じていたとしても、それは法律錯誤に帰着し犯意を阻却するものではない。次に本件は法定犯であることは所論の通りであるが法定犯も自然犯と同様違法性の認識を必要としないものである。論旨は理由がない。
同第三点(憲法違反)について、
論旨は公衆浴場法は、公衆浴場の経営に対し許否権を広汎に規定しており、かような制限は、公共の福祉に反する場合でないのに職業選択の自由を不法に制限することとなるから右公衆浴場法は憲法第二十二条に違反するものであると主張するのである。しかし、公衆浴場は、多数国民の日常生活に必要欠くべからざるものであつて公共性を伴う厚生施設である。従つて若しその設立を業者の自由に委せて、何等その偏在及び濫立を防止する等その配置の適正を保つために必要な措置が構じられないときは、その偏在により、多数の国民が日常容易に公衆浴場を利用しようとする場合に不便を来たすおそれなきを保しがたく、またその濫立により、浴場経営に無用の競争を生じその経営を経済的に不合理ならしめ、ひいては浴場の衛生設備の低下等好ましからざる影響を来たすおそれなきを保しがたい。このようなことは公衆浴場の性質に鑑み、国民保健及び環境衛生の上からできる限り防止することが望ましいことである。従つて公衆浴場の設置場所の配置に適正を欠き、その偏在、濫立を来たすに至るがごときは、却つて公共の福祉に反するものであつて、この理由により公衆浴場の経営につき制限することができる旨の規定を設けることは憲法第二十二条に反するものとは認められない。論旨は理由がない。
(裁判長判事 水上尚信 判事 成智寿郞 判事 沢田哲夫)